ガルボでひと休み。

いろいろ書いていきます。

元吹奏楽部でした。

今週のお題「部活」に参加しています!

中学、高校は私立の女子校でした。小学生の頃、鼓笛隊や合奏などを行う部に入っていて、6年生でトロンボーンを担当してから、中学に入っても続けることを決めていました。中高一貫の学校で、中学入学後の翌日から部活を見学。当時は10数名とこぢんまりとしていて、中学生は1つ上の先輩2人。やがて、私の学年(1クラス)からは私含めて3人、高校1年からも何人か入部し、あっと言う間に人数が倍に。1年生の時は特に外で演奏する機会は無く、附属の大学主催の演奏会に参加したり、校内では文化祭など。

2年生になってからコンクールに出ることを目標としてきましたが、この時は先輩は厳しいし顧問からは毎日怒鳴られ。。。それでも部活は毎日参加していました。「休む」という選択肢が無かったのかと思います。

初めて参加したコンクールは高校Bの部で35人編成。何と、中学2年の私も高校の先輩達に交じって参加となりました。結果は関東大会に進出。そこでは銀賞を受賞しました。

翌年、中学3年に上がると部活も大所帯となり、コンクールは高校Aの部で50人編成で出場。相変わらず高校の先輩のしごきはエスカレート。遂には相手にもされなくなり、1人で自主練。他の先輩達もその先輩を嫌っていたらしく、良く励ましてくれました。

高校Aの部での出場は、最初は銀賞。厳しい先輩達も卒業していき、私たちの代が部員を引っ張っていくことになった時、あの先輩を反面教師として、後輩達には毎日楽しく練習に来て貰えるようにコミュニケーションを取っていきました。その結果。。。

私たちの代は卒業する年で悲願の高校Aの部で関東大会出場を果たしました。卒業した後も関東大会常連クラスにまで成長し、今じゃ地元の吹奏楽界隈で有名になっています。

私はこの学校の吹奏楽部で初めて、中学・高校の計6年間在籍した部員でした。卒業した後、音楽系の学校に入っていたこともありましたが、家庭の事情で断念。音楽一筋で生きてきている顧問は、卒業後も音楽関係の仕事をしている同級生や先輩、後輩とはよく話しますが、音楽を諦めた卒業生は相手にしてくれませんでした。その顧問も現在は学校を辞めているようですが、今も存命の模様。私はOGとして学校や部活にお邪魔することはこの先無いと思います。誠に残念ではありますが、遠くから後輩達の今後の活躍を祈っています。